「最近よくアンタッチャブルをテレビで見るけど、そういえば昔、10年くらい見なかった時期があったな…」
「アンタッチャブルの柴田さんって、一時期テレビから消えてたけど何があったの?」
「二人はどうしてまたコンビで活動するようになったんだろう?」
M-1グランプリで優勝し、人気絶頂だったにもかかわらず、突如としてコンビでの活動がなくなったアンタッチャブル。
約10年という長い年月を経て、彼らが再び二人で舞台に立った時、多くのファンが歓喜し、その復活劇に涙しました。
この記事では、多くの人が気になっているアンタッチャブルの「空白の10年間」について、以下の点を詳しく解説していきます。
- コンビ活動を休止した本当の理由
- 活動休止中の柴田さんと山崎さんのそれぞれの活動
- 10年ぶりに復活を遂げた感動の舞台裏
- 復活後の二人の快進撃
この記事を読めば、アンタッチャブルの10年間の空白期間の全貌がわかり、彼らのコンビ愛の深さや、お笑いに対する情熱をより一層感じられるはずです。
アンタッチャブルが10年間コンビ活動を休止した衝撃の理由
2004年にM-1グランプリで王者に輝き、テレビで見ない日はないほどの人気を誇っていたアンタッチャブル。しかし、2010年2月から、柴田英嗣さんが芸能活動を休業し、コンビとしての活動は完全に停止しました。
多くのファンが心配する中、その理由は「体調不良」と発表されましたが、その裏には複数の複雑な事情が絡み合っていました。
表向きの理由と隠された真相
当初、柴田さんの休業は「体調不良」のためと説明されていました。しかし、その後の報道や本人の発言から、本当の理由は女性トラブルと、それに伴う所属事務所の社長の判断があったことが明らかになっています。
- 女性トラブルの発覚: 柴田さんが元交際相手とのトラブルにより、警察から事情聴取を受けていたことが週刊誌で報じられました。後にこれは冤罪であったことが判明しますが、当時は大きなスキャンダルとして扱われました。
- 所属事務所社長の判断: この事態を重く見た所属事務所・プロダクション人力舎の当時の社長が、柴田さんに対して謹慎処分を下しました。
相方の山崎さんも、年末のラジオ番組で「また来年」と挨拶を交わした数日後に、事務所から柴田さんが1年間休むことを聞かされたといいます。
活動休止が10年間に及んだ複雑な背景
当初1年の予定だった休業が、なぜ10年もの長きに渡ってしまったのでしょうか。そこには、所属事務所の予期せぬ事態が大きく影響していました。
| 出来事 | 詳細 |
|---|---|
| 社長の急逝 | 柴田さんに謹慎処分を下した社長が、処分を解く前に急逝してしまいました。 |
| 判断の先送り | 社長の急逝により、事務所は体制を整えることを優先せざるを得ず、柴田さんの謹慎解除が後回しになってしまったのです。 |
| 山崎さんの思い | 山崎さんは、育ての親である社長の「アンタッチャブルに泥を塗った柴田を許さない」という遺志を継ぎ、「柴田が完全に更生するまでコンビは復活させない」と固く決意していたとも言われています。 |
これらの要因が複雑に絡み合い、結果としてアンタッチャブルのコンビ活動は10年間も停止することになってしまったのです。
活動休止中の柴田英嗣さん:苦悩と再起への道
相方を残し、芸能界から姿を消した柴田さん。約1年間の謹慎期間を経て、2011年に復帰を果たしますが、それはコンビではなく、たった一人での再スタートでした。
復帰後の道のりは決して平坦なものではなく、彼は苦悩と模索の日々を送ることになります。
謹慎からの復帰と「動物」という新たな武器
復帰したものの、以前のように仕事があるわけではありません。柴田さんは「自分の力で、以前と同じくらいの仕事量を取り返さなければ、コンビ復活はない」と考えていました。
そんな彼が新たに見出した活路が、もともと大好きだった「動物」の知識でした。
- 動物に関する猛勉強: 仕事のない時期を利用して、動物に関する知識を徹底的に蓄えました。
- 動物番組での活躍: その豊富な知識が認められ、徐々に動物関連の仕事が増加。現在では「動物好き芸人」としての地位を確立しています。
この「動物」という新たな武器が、後の完全復活への大きな足がかりとなったのです。
相方・山崎さんの活躍を見つめた日々
柴田さんが苦しい時期を過ごす一方、相方の山崎さんはピン芸人として大ブレイク。テレビで見ない日はないほどの活躍を見せていました。
その姿をテレビで見ていた柴田さんは、「俺がいなくても成立するんだな」と、大きな不安を感じていたと語っています。
しかし、山崎さんはどんなにピンで売れても「アンタッチャブルの山崎」と名乗り続け、コンビの看板を一人で守り続けていました。その姿は、柴田さんにとって大きなプレッシャーであると同時に、希望の光でもあったのかもしれません。
なぜ待った?山崎弘也さんが10年間コンビ復活を信じ続けた理由
柴田さんが休業している間、ピン芸人「ザキヤマ」として大成功を収めた山崎さん。周りからは「もうコンビに戻る必要はないのでは?」という声も聞こえてくる中、彼はなぜ10年間も相方の帰りを待ち続けたのでしょうか。
その根底には、柴田さんへの絶対的な信頼と、深いコンビ愛がありました。
「柴田が一番面白い」という絶対的な信頼
山崎さんは、常々「柴田が一番面白い」と公言していました。それは、養成所で出会った頃から変わらない、相方への最大のリスペクトでした。
あるインタビューで山崎さんは、10年ぶりの復活漫才を振り返り、こう語っています。
「柴田さんは何も知らずに、よくいきなりあのネタできたねと思いますね。あれはやっぱり天才ですよね」
仕掛け人である自分以上に、ブランクを感じさせない完璧なツッコミを入れた柴田さんを「天才」と称賛。この言葉からも、山崎さんが相方の才能を誰よりも信じていることが伝わってきます。
「アンタッチャブル」の看板を守り続けた10年
ピンで活動する際も、山崎さんは常に「アンタッチャブルの山崎弘也」と名乗り続けました。これは、いつか柴田さんが戻ってくる場所を守るため、そして「アンタッチャブルは終わっていない」という無言のメッセージでもありました。
柴田さんも、「(山崎が)“アンタッチャブルを残していつかやろう”と思ってくれていたのはホッとした部分ではあります」と、当時の心境を語っています。
一人でコンビの看板を背負い続けた山崎さんの存在が、10年後の奇跡の復活に繋がったことは間違いありません。
奇跡の復活劇!「全力!脱力タイムズ」での電撃漫才の舞台裏
2019年11月29日、その瞬間は突然訪れました。フジテレビの番組「全力!脱力タイムズ」にゲスト出演していた柴田さんの前に、サプライズで相方の山崎さんが登場。
何も知らされていなかった柴田さんと、全てを知っていた山崎さん。二人は、まるで10年間の空白が嘘だったかのように、息の合った漫才を披露しました。
誰も知らなかったサプライズ登場
このサプライズ復活劇は、ごく一部の関係者しか知らされていませんでした。柴田さんはもちろん、多くの共演者やスタッフも知らされておらず、スタジオは驚きと感動に包まれました。
- 柴田さんの驚き: 目の前に現れた相方の姿に、柴田さんは一瞬言葉を失い、ただただ驚きの表情を浮かべていました。
- 山崎さんの登場: いつものハイテンションで登場した山崎さんが、柴田さんの肩を叩き、漫才がスタートしました。
この歴史的瞬間は、お笑いファンだけでなく、日本中の視聴者に大きな感動を与えました。
10年のブランクを感じさせない圧巻の漫才
10年ぶりに並んでマイクの前に立った二人。しかし、そこにブランクは一切感じられませんでした。
山崎さんの予測不能なボケの連発に、柴田さんが間髪入れずに的確なツッコミを入れる。M-1を制した時と何ら変わらない、あの「アンタッチャブルの漫才」がそこにはありました。
柴田さんは後に、「久しぶりに山崎さんの肩口を叩いた時、やっぱ感動しました」と語っています。 10年分の思いが凝縮されたツッコミは、多くの人の胸を打ちました。
復活後のアンタッチャブルの快進撃
「脱力タイムズ」での奇跡の復活を遂げたアンタッチャブルは、その後、快進撃を続けます。10年間の空白を埋めるかのように、二人は精力的に活動し、再びお笑い界の第一線に返り咲きました。
冠番組のスタートと多方面での活躍
復活後、アンタッチャブルは数々の番組に出演し、その人気が健在であることを証明しました。
- コンビ復活後初の冠番組: 2020年3月には、フジテレビで『アンタッチャブルのおバカワいい映像バトル』が放送され、コンビ復活後初の冠番組となりました。
- ゴールデンタイムでのレギュラー番組: 2023年4月からは、関西テレビ・フジテレビ系で『ひらけ!パンドラの箱 アンタッチャブるTV』がスタート。コンビ結成30年目にして、初のゴールデン帯MC番組です。
- M-1グランプリ審査員: 柴田さんは、M-1グランプリ2023で敗者復活戦の審査員を務めるなど、漫才師としての実力も改めて評価されています。
変わらない二人の関係性
10年という長い年月が経っても、二人の関係性は全く変わっていません。山崎さんの自由奔放なボケと、柴田さんの愛情あふれるツッコミは、より一層磨きがかかっています。
あるインタビューで、コンビ円満の秘訣を聞かれた二人はこう答えています。
山崎さん:「単純に、困ってたら助けてあげようとか、そういう当たり前のようなことですかね。」
柴田さん:「悩みを相談し合うことも、よくありますよ。」
お互いへのリスペクトと、当たり前の助け合い。このシンプルな信頼関係こそが、アンタッチャブルというコンビの強さの源なのでしょう。
よくある質問(FAQ)
Q1: アンタッチャブルの活動休止の直接的な原因は何ですか?
A1: 柴田英嗣さんの女性トラブルがきっかけとなり、当時の所属事務所社長が謹慎処分を下したことが直接的な原因です。当初は1年の予定でしたが、社長の急逝など不運が重なり、結果的に10年間の活動休止となりました。
Q2: 活動休止中、山崎さんはなぜコンビ名で活動を続けたのですか?
A2: いつか柴田さんが戻ってくる場所を守るため、そして「アンタッチャブルはまだ終わっていない」という意思表示のためです。山崎さんは相方である柴田さんの才能を誰よりも信じており、コンビ復活を待ち続けていました。
Q3: 10年ぶりの復活漫才は、事前に打ち合わせをしていたのですか?
A3: いいえ、全くしていません。「全力!脱力タイムズ」という番組で、山崎さんが柴田さんに内緒でサプライズ登場する形で行われました。柴田さんは何も知らされておらず、即興で10年ぶりの漫才を披露しました。
まとめ
アンタッチャブルの10年間の空白期間は、決して順風満帆なものではありませんでした。柴田さんの謹慎、社長の急逝、そして二人の間の複雑な思い。様々な要因が絡み合い、長いすれ違いを生んでしまいました。
しかし、その困難を乗り越え、二人は奇跡の復活を遂げました。その背景には、
- 相方の才能を信じ、待ち続けた山崎さんの深いコンビ愛
- 苦境の中でもがき、新たな武器を手に入れた柴田さんの努力
- 10年経っても色褪せることのなかった二人の絆
がありました。
空白の10年間は、彼らにとって無駄な時間ではなく、コンビの絆をより一層強くするための、必要な時間だったのかもしれません。これからもアンタッチャブルの二人が、日本中にお笑いを届けてくれることを期待しています。
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